「本当の助け合い」
江戸中期に奉行職を歴任した根岸鎮衛(1737~1815)という人が書いた随筆集「耳嚢」(みみぶくろ・岩波文庫)を読んでいて、興味深い話を見つけた。次のような内容である。
▼浅間山の噴火で溶岩流が押し出して上州・蒲原村(群馬県嬬恋村)では、300人ほどの住民のうち93人しか助からず、あとは残らず埋められ、押し流されてしまった。生き残った人は途方に暮れたが、同じ郡内の奇特な3人が彼らを引き取り、仮設の小屋を造り、食料を用意して急場を救った。
▼それだけではなく、こういう大災害に生き残ったのも何かの縁だといって、夫を失った女性には妻を流された男性を紹介、子を失った老人には親を亡くした子を養わせ、互いに親族のように助け合うよう取り計らった。
▼そこまで尽くした理由について、彼らは「同じ郡内であっても、私たちの地区は被害を免れた。もし、自分が被害にあっていたと考えたら、財産すべてを捨てても、災難に遭った人を救うのが当然」といって、家財を惜しまず救援に充てたという。
▼江戸時代にあっても、これだけの倫理観、心意気を持って行動する庶民がおり、自分の村は自分たちが守るという強い自治意識が存在した。「負けるな○○」とか「絆を大切に」などという掛け声だけでは終わらせなかったのである。
▼何につけても「自分さえよければ」と振る舞う人の多い現代にあって、深く考えさせられる話だった。 (石)
紀伊民報 水鉄砲 2012.03.06付
午前中、医者が来て『昨夜、熱が出たので月曜の退院はない』と。 それから、腎ろう(左)を今から交換するとおっしゃる。 13日火曜日に予定されてたんだけどね。 日曜なのに頑張るな、先生。
顔馴染みの看護師さんに、バーでもやってそうと云われた。 とても普通のサラリーマンには見えないと。 いや、それは否定しないけど、バーってああた。 酒呑めんのにね。
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くもり のち はれ
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